2014 9月|杉浦和子の世界、衣・食・住・人の旅

古布の服や酒袋・襤褸、材料やパッチワークの販売

アトリエ和 襤褸 神奈川 横浜市 大和市

プロフィール

私は、古布を全国から足で歩いて収集し、服をデザインし、作品を作っている杉浦和子と申します。北は北海道から南は沖縄まで作品展を開催しております。おかげで全国の美味しい食べもの、市場、人、自然の風景、地方の街など、多くの感動、感激そして人の出会いがあります。その情報を皆様にブログを通じてお知らせしたいと思っています。日本だけでなく世界の情報も。杉浦和子の日本、世界の衣、食、住、人の旅にご期待下さい。楽しい発見がきっと見つかりますよ。

最近の記事 月別アーカイブ

auショップに修理に行って、何と無くiPadを買ってしまった。

相当、脳みそやられてる。分からないとことが分からない。

聞こうにも、何を聞くのかが分からない。

ワンランク上の旅上手とか、

ずっと便利に、毎日がもっと楽しくとかのキャッチフレーズ。

 

何しろ、説明書がないのだから。

昨日は中野駅前にあるスマホアカデミーで2時間の

講座に行く。分からないところが分かってきた。

今日一日、格闘!

肩がガチンガチン。

何とか、こなせるようになった。

スポーツクラブへ行って、ダンベル体操してきたー。

昨日からのブログはiPadから投稿です。

凄い時間かかりました。

こんな機械本投げてやろうかと思いました。

2014年9月30日(火)
ノボタン

秋になると、花屋さんに出回るノボタンの綺麗な紫の色。温暖な地域では越冬しますが、関東では難しいですね。毎年、蕾が一番ついている鉢を買ってきます。

明日から10月ですね。秋刀魚、新米、キノコ、サトイモ、栗、なんでも美味しい実りの秋です。

2014年9月30日(火)

image私のコレクションだった庄内布団から作ったジャケット。

超襤褸好きの方に望まれて、嫁入りしました。

長いこと、襤褸を集めてきましたが、明るい浅黄色をつかい、アートのような布団は珍しいです。

これをはぎ合わせた昔の女性は 、アートを意識したわけもないのに美しい。

きっと、家族のために夜なべしながら、ちくちく縫ったのだろうな。

温かさが伝わってくる庄内布団です。

昨年、パリのブランドヴィトンでは、襤褸をコーピーしたブルゾンが3枚

飾られていました。

3000ユーロ。日本円で約42万円。

ひゃー!びっくり!

この襤褸ジャケットは

「学研・古布に魅せられた暮らし」に掲載され、

また、ダイレクトメールにも使いました。

襤褸の美しさを代表する逸品です。

襤褸の女王ともいえます。

 

 

2014年9月30日(火)
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美代ちゃんが作った栗の渋皮煮。作るのは大変ですが、食べるのはペロッ。秋の味覚です。

2014年9月30日(火)

<山の動く日来る。かく云えども人われを信ぜじ><すべて眠れし女今ぞ目覚めて動くなる>

女性初の衆院議長を務めた社会党の委員長だった土井たか子さんが亡くなった。

冒頭の詩は与謝野晶子の「そぞろごと」の一部である。

1911年(明治44年)日本発の文芸誌「青鞜」の創刊号巻頭に掲載された百三年前である

。当時、女性の地位は低く、選挙権はもちろん、集会の自由さえ認められていない。

詩が訴えたのは、押し黙る女性たちのめざめだった。八九年の参院選で社会党大勝を

導き、自民党の過半数割れを実現した。その時「山が動いた」は晶子に詩が念頭に

ある。あの参院選では、土井ブームで大勢の女性が当選した。動かしたのは自民党と

いう巨大な山と、女性の地位向上というもう一つの山だった。土井さんは、茨木のり

子さんの詩「私が一番きれいだったとき」を愛していた。茨木さんと同じ世代の土井

さんも戦争で「きれいだったとき」をうばわれた。平和という山は動かしてはならぬ

。「平和憲法と結婚した」といってのけた人の願いであろう。

 

 

● わたしが一番きれいだったとき        茨木のり子

 

わたしが一番きれいだったとき

街々はがらんと崩れていって

とんでもないところから

青空なんかが見えたりした

 

わたしが一番きれいだったとき

まわりの人たちが沢山死んだ

工場で海で 名もない島で

わたしはおしゃれのきっかけを落としてしまった

 

わたしが一番きれいだったとき

誰も優しい贈り物を捧げてはくれなかった

男たちは拳手の礼しか知らなくて

きれいな眼差しだけを残し皆発っていった

 

わたしが一番きれいだったとき

わたしの頭はからっぽで

わたしのこころはかたくなで

手足ばかりが栗色に光った

 

馬わたしが一番きれいだったときわたしの国は戦争で負けた

 

そんな馬鹿なことってあるものか

ブラウスの腕をまくり卑屈な町をのし歩いた

 

私が一番きれいだったとき

ラジオからジャズが溢れた

禁煙を破った時のようにくらくらしながら

私は異国の甘い音楽をむさぼった

 

私が一番きれいだったとき

わたしはとてもふしあわせ

わたしはとてもとんちんかん

わたしはめっぽうさびしかった

 

だから決めた できれば長生きすることに

年とってからの凄く美しい絵を描いた

フランスのルオー爺さんのように ね

 

※ 茨木さんは15歳で日米開戦を、19歳で終戦をむかえた

2014年9月29日(月)

今日は、一日のんびりしていました。

福井の個展に全部荷物を、送ってしまったので

何もすることが無く、ぼんやりと、一日を過ごしていました。

爽やかな、秋の日でした。

10月からは忙しくなりますので、こんな日があっても良いかな。

テスト

部屋の掃除と模様替えをして気分爽快!かたずけるのは捨てることですね。

45リットルポリ袋3個。部屋が広くなりました。

 

2014年9月29日(月)
2014年9月28日(日)

来週10月3日からの福井個展の荷造りを朝からえっちらおっちら

して、夕方、運送屋さんが持っていきました。

アトリエが、広く、明るくなりました。

大きな段ボール3箱。

秋冬物のコートはリバーシブル仕立てなので

10枚でも20枚分の重さになります。

気候の変化で何が起こるか分からないので、早目、早目に送ります。

 

虫の鳴き声がして、朝夕夜はすっかり秋めいて来ました。

古布木綿は秋からが個性的な素敵なファッションが発揮できます。

古布ブラウスを着るとセーターなど全く必要なく、

暖かく過ごせます。

乾燥してくると、昨今の化学繊維は静電気がバリバリおきますが

古布木綿はそんなことはなく、体になじむオーガニックコットン。

100年以上も時代を経て冴えた藍の色は、日本女性の肌を

美しく見せます。

古布は滅びゆく布。

絶対数が決まっていますから無くなれば、

もう、再生することは出来ないのです。

今はプリントや、古布風の布が出回っています。

遠くからみると見間違えるほど。

でも、それは、まがい物。

本物とは全く風合いも、ちがいます。

本物はどんなに、長い間、着ても、飽きることはありません。

益々輝いてくるのです。

暑い夏の間に秋冬コレクションを沢山作りました。

各地の個展会場で皆さまにお目にかかりましょう!

お会いできることを楽しみにしております。

 

 

 

 

 

 

 

 

2014年9月27日(土)

いやはやびっくり!

モンゴルから来た新入幕力士逸ノ城。

21歳。192センチ。199キロ。

モンゴルの大草原で暮らし、遊牧民として育ち

オオカミの襲撃も経験したという。

昨日も大関豪栄道を破り

今日は横綱鶴竜も破り、

明日は横綱白鵬戦。

笑顔が可愛い。

明日もドキドキものです。

2014年9月26日(金)

今日は、国立のシニアのための特別講座

イタリア語レッスンに参加した。

講師はイタリアミラノ出身のパウロ先生。

母方がフランス人で父方がイタリア人とか。

どちらかというと、フランス人に近いお顔立ちです。

生徒は二人。

日本語を絶対使ってはいけないというので、二人とも必死。

何故イタリアが好きなのか。3つイタリアに興味がある事を言いな

さいとか。イタリア人の良いところと悪いところは何かとか。あーあー、頭がパニック状態。

もっと勉強しなくてはということを学びました。

シニアの手習い。

2014年9月26日(金)
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